2006年11月13日

"真"の成功とは?

真の成功,幸福への・・・とタイトルで掲げてますが、

"真の成功"とは、何だと言おうとしているのでしょうか?

タイトルにまで掲げながら、まだ書いていませんでした。

書店に並ぶ"成功"本などを眺めれば、経済的な成功を成功として書いているものも多くあるし、

名誉・名声を得た人を成功者として書いているものもありますし、様々ですが、

どちらかというと、最終的に、何らかの名誉・地位・財を成した人のことが言われているケースが多そうです。



しかし、ここでは、逆に、

"真の成功"と"名誉・地位・財"とは、全く関係ない!

と敢えて断言します。



ただ、結果的に、"真の成功"者に、そういう"名誉・地位・財"を得た人が多くいたということはあり得ます。

しかし、全く、"名誉"も"地位"も"財"も得なかった人にも、"真の成功"者がいる、という点、

そして、"名誉・地位・財"を得ても、"真の成功"者でない人もいる、という点において、

ここでいう"真の成功"と"名誉・地位・財"は、全く関係ないという結論になるのです。



"真の成功"者、これはいろいろな言い方ができるかもしれませんが、ここでは、

天命に従い、より他のために、より大いなるもののために、

自らを犠牲にし、与え尽くし、自分の本性を最高に引き出した境地を得た者、達した者


とでも表現してみようと思います。



すなわち、ここでは、結果云々ではなく、あくまでも、心の動機が重要であり、その動機の実践を現になし、

心がある段階、境地を超えたかどうか、達したかどうかという所に価値をおきたい考えなのです。




いずれにしても、まずもって、その目的、動機に"名誉・地位・財"というものをおいてはならない、ということなのです。

しかも、その"心"の『根底』の動機においてです。


上辺上の言葉では、どんなに美辞麗句を並べ立てても、

心の根底は、そうでないということは、往々にしてあるからです。



"根底"に、その動機があれば、それは、いざなる時に、芽を出し、顔を出すのです。

しかも、その動機のままで、"名誉・地位・財"を得た時が一番危ないのです。

一度得たものを失うことを恐れるからです。

一度得たものを守る思いが生じるからです。

一度得たものに執着する思いが生じるからです。




下手に名誉も地位も財も得ないぐらいの方が良かったりするのです。

宝くじで、当たって大金を手にした人がかなりの割合で、その後、不幸な目に合っているとどこかで耳にしました。

特に、自分の"真"の実力以上の"名誉"や"地位"や"財"は、

自分の力に錯覚を起こし、自分を見失わさせ、判断を誤らせていきます。

最後、自分が偉くなったと錯覚し、傲慢になりさえします。




人類史上、多くの国家が、政党が、企業が、時に宗教団体すらも、

大きくなるほどに、力を持つほどに、

指導層が、"権力"、"財"を、不平等に、"私"的に用いて、腐敗、分裂、衰退を招いていきました。

政治家が、官僚が、経営者が、、、宗教家さえも、、、


この国も例外とは言えません。



得たものは、一所(自分)に留めないで、全体の発展、繁栄のために、流し続けて、活かし続けていかなければならないのです。

そうしたなら失ったとしても、必ず返ってくるのです。

それが宇宙の法則なのです。自然の法則なのです。



"名誉・地位・財"を、"得た"ことより、"得た"『後』、どうなるかで、"真の成功"に値する心の動機、姿勢であったのかが問われてくるのです。

"心のあり方"が成功を決めるのです。

真の成功,幸福への・・・この終わりなき旅・・・








posted by 大空巡夢(人間力探求家) at 01:53 | TrackBack(0) | 成功について
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