2008年05月28日

父との関係

今思えば、私の人生において、父親との関係の影響は、とても大きかったと思っています。

振り返ると、私は父に自分の"心"を本当に理解してもらった記憶はほとんどないのです。

いつも難しい顔をして、人をちょっと小馬鹿にしたような発言と皮肉まじりの冗談ばかりで、あとは、どこの誰の子供がどこの大学に入った、とか、どこそこに勤めているとか、収入はどれぐらいなんだ?とか、何だか、いつも尋問されるみたいで、軽い冗談も通じず疲れてしまうのです。

自分の価値観が誰にも通用する価値観だと思っているのか、そこに押し込めようとする感じなのです。

いい学校に入って、いい会社入って、あるいは、医者か弁護士かにでもなって、高収入を得たら、幸せになるみたいな考え方なのです。

ですから、昔、私がまだ高校ぐらいの時だったでしょうか、当時歯学部の大学生になっていた兄が、休みで帰省している時に、皆の心配をよそに平気で連絡も入れず、朝帰りして、しかも、「お金、お金、、、」といって、親にせがむのを、私は横で見せられて、しかも、そういう態度に対して、父は黙認していて、あとで、「しょうがないな」、といいながらも、「まあ、歯学部入って、将来保障されたんだから」などと言うのでした。私はその姿に、唖然とし、失望し、呆れ返ってしまうのでした。

当時"あんな兄貴のような放蕩息子にはなりたくない!"

そして、それを平気で見逃すあんな"父親にはなりたくない!"

そう心で決心したのでした。

本当はああいう時に、厳しく叱る姿を見たかったのでした。

それが父親ではないかと。

いい学校に入れば、多少悪い事してもいいのか?許されてしまうのか?

そんなのおかしいに決まってるじゃないか!

私は、兄にも、父にも、不信感を持たざるを得なかったのです。

兄とは仲が悪かったわけではないのでしたが、次第に軽蔑する気持ちが強くなっていったのです。

父に対しても、とても尊敬の気持ちなど起こりようがなかったのでした。


でも願望としては、尊敬する父であったらな、、、というのは心の片隅に本当はあったのではないかと思っています。

しかし、いつも社会的に地位を築いた兄が評価されるので、私は所在がなかったのでした。

それゆえに私は、父を反面教師として、本当のやりがいある人生を、より普通の人以上に模索するような生き方をするようになっていったのだと思います。


ただ、反発しながらも、無意識に、認められたい、という気持ちが強くどこかで働いていたのかもしれないと最近にわかに感じさせられています。


さすがに大人になって、今は、反発のような思いはないですが、でも自分の"心"を本当に理解されずにこのままずっといってしまうんだろうか、と妙な思いを抱いたりもしています。

(※父にはいろいろな意味で感謝しています。生きてきた時代的な背景、家庭環境、生い立ちにおいて、形成されていった考え方があるのだと思います。ある面、大きな重荷を背負い苦しい立場を越えてこなければならなかった時代の犠牲者的な所も否めないのかもしれません。兄も根はとてもいい人間です。若い頃にはそういったこともあったということで、それも同様に家庭や時代の負の要素がそういう影響を一時与えてしまったと言えるのでしょう。そういった所の一場面を私がたまたま見せられて、何某かの影響を受けたということであります。)






posted by 大空巡夢(人間力探求家) at 22:14 | TrackBack(0) | 感じたこと
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