2007年01月25日

小学校道徳の授業

我が子の小学校の授業参観に参加した。

特に今回、道徳の授業を見に行った。

自分の子の教室の授業だけでなく、

その時間、1年から6年まで全ての教室で一斉に道徳の授業をしているので、

6教室全部はしごして見てみました。



個人的には、いじめについて、どんな授業があるかなと、

どこかの学年でしてないかと思い見てまわったのですが

自分の見たいと思っていたテーマは、

私が見てまわった部分では見られませんでした。



でも、大事な内容に取り組んでおられ、

先生方も一生懸命取り組まれていました。

子供たちが、少しでも、真面目に物事を考える切っ掛けになるとは思いました。

また、一般の教科の授業の中でも、その端々に、生きる上での大事なことなど

織り交ぜることはできると思うので、

日常的に、本質的な大事なことを、教え、伝えていければと思いました。



思い起こせば、私の学生の頃は、中学、高校時代に、道徳の授業を受けたという記憶がないのです。

今思うと、特に高校では、大半の先生が、一点でも点数を取らせるためにといった感じで

テストのためのノウハウを一生懸命教えたり、

生徒の反応そっちのけで、一方的に、大量に、詰め込むように進めていく授業など、

正直、学ぶ面白さを感じ取ることはできず、授業が、嫌になっていった覚えがあります。

あの頃の自分のいた学校では、一番大事な”やる気”を高めることをなぜしなかったんでしょうか?

学ぶことや知ること、探求することって、本当はすごく面白いことなのに。

やはり、”生きる上でのだいじなこと”、特に”心の姿勢”など、もっともっと若い世代には、最重要視して、教えていくべきと思います。

もちろん、これは、どの世代でもですが。





いずれにしても、子供の教育には、まず親の世代の教育、さらには社会全体の教育、啓蒙が必要と改めて感じました。

子供に、「片づけしなさい!」と言っていながら、親が散らかしっ放しじゃ、するはずがない。

子供を通して、親が成長する機会を与えられているという気がします。

学校にだけ任せるのは大間違い。



それと、自分が子供の頃は、子供が考えることとか感じていることとかが

手に取るようにわかっていたのに

大人になってしまうと、忘れてしまったり、わからなくなってしまったりしてしまうもので

歴史は、これを繰り返してきたのかなと思ったりします。



異質なわかりあいにくいもの同士が、互いに、わかりあおうと努力する。

そう、力で支配したり、敵視したり、排除したりすることなく。

これは人類の未来にもつながるキーワードかもしれません。








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