2006年10月05日

一つの大きな決断(進路)

高校卒業前に、私は、一つのある決断をしました。

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高校のある時期までは、私自身、進路について、それほど切羽詰って、

真剣に考えてなかったと思います。

今思えば、非常に無責任なのですが。



一つはモラトリアムという言葉がよく使われたりしますが、

私自身も、このままで、生活できるんだから、このままがいい。

何で、わざわざいずれ働かなきゃならないんだろう?

そんなことを思ったりしていたわけです。



また、何か、ただ回りに流されて進路というものも、決めてしまっていたのでした。

何と主体性の乏しいことだったかと思いますが。



高校の頃、私は、ただ、数学が比較的できた、というだけで、

安易に理系にしてしまっていたのでした。

また、同じクラスの友達が割と皆、理系に進んだのもあって、

何となく、当たり前のように、そう進んでいたのでした。



しかし、段々、具体的に、学校や、学部、学科などを決めていったりしていく所になって初めて、

自分の将来というものを考え始めたものでした。



私は、その当時、努力はしないくせに、いずれ、自分は、何か、偉くなる、

大物になる、みたいに、何か、漠然と、思っていたような呑気な人間でした。

個人的には、いわゆる普通の平凡なサラリーマンにはなりたくない。

何か、普通と違う人間になりたい。いや、なっているはずだ。

みたいに思っていました。



当時、私は、本当に夢の夢だったですが、いくつか、漠然とした夢を抱いていました。

一つは、中学の途中から、当時流行していた、ニューミュージックのシンガーソングライターに憧れ、

自分も自分で、人を感動させる曲を創って、弾き語りして、ヒットさせたい、

と描いていました。



また、やはり当時、糸井重里氏がその職業を世に知らしめたコピーライターという職業がありますが、

私は、言葉を操って、人を笑わせたりするのが、好きだったので、

これは、私に向いている、きっと周りの人も、合ってると言ってくれるだろうと、

その仕事にはだいぶ憧れました。



それともう一つは、高校2年か3年の頃、いわゆる、周りからは、何かにつけ、

受験生、受験生と言われ、特別視されて、プレッシャーをかけられる時代に、

テレビのドキュメンタリー番組で、受験戦争や、共通一次試験や、

偏差値教育の弊害などにスポットをあてて、問題点を訴えていた番組を見て、

何しろ、自分は、その当事者であったので、「何だよ、そんな問題あるシステム、

そんなの作って、頼むよ、何とかしてくれよ、こっちは今まさに、渦中にいて、

被害者じゃないか!本当に、早く何とかしなきゃ困るよ!」と、



非常に、私自身、当事者として、非常に、問題意識を啓発され、早く、こういう問題を、

解決させていきたい。あるいは、こういった放送局関係で、

こんな世の中をよくするためのドキュメンタリー番組をつくってみたい、

とも思ったのでした。



教育問題には、まさに、その頃、渦中にいた当時に、非常に強い関心と、

憤りを感じ、何とかしなくちゃと、痛切に感じていたのでした。



私が通っていた高校も、私にとっては、何か、一人でも、名のある学校に進学させる、

そのため、一点でも、多く取りなさい、みたいな雰囲気があって、

何か、勉強そのものの面白さを、伝えてくれる先生が本当に少なかったように感じていました。

それゆえに、高校に入ってからは、段々、勉強もはかどらなくなり、やる気もなくなっていき、

成績も、徐々に下がっていくのでした。



とにかく、学校や教育そのものを何とかしてほしい、何とかしていきたい、

という強い思いを抱いたのでした。



記憶にあるのは、卒業が近くなった頃に、学校宛に、この学校の問題点、

偏差値教育に走っている実情など、私の考えていたこと、意見を、何枚かの手紙文に書いて、

だそうかと思い、実際に、書いたことを覚えています。




実際は、出さずに終わってしまったような気がしますが、今思うと、

確かに、そんな手紙文を書いたような記憶があり、よく、そんなことまで、当時、

考えていたなと、思います。




で、卒業が近くなった頃に私はある決断をいろいろ悩んだ末にしたのです。

私は、受験した3校とも落ちてしまい、浪人せざるを得なくなったのですが、

その時点までは、私は、先ほど書いたように。理系にいたわけですが、

いろいろ考えていくと、自分は、自分がやりたい、進みたいと思っていることってのは、

理系じゃなくて、文系の延長線上にあるんじゃないかと思い始めていたのですが、

もう、高校卒業まで来て、今から変えるのか、という思いもあり、非常に悩んだのでした。

文系の教科に関しては、英語も国語も成績があまりよいわけでもなく、

時間をかけて勉強しないと、そう簡単に成績もあがらないだろうという考えも当然あったからです。

好きというよりも、ただ、得意だというだけで、選んでいたのですが、



それでいいんだろうか?

後で後悔しないだろうか?

でも、今この時期に変更なんて、遅くてすごく不利だ。

どうしよう?




そして、結局、最後、私自身を決断させたのは、



「人生一度しかないんだ!」

「後で後悔することになるより、やりたいことを選ぼう!」

「もう遅いではなく、気が付いた時が、一番早いんだ!」

「自分は、もっと、この人間や社会をみていきたい!」



そんな言葉でした。

とりわけ

「人生一度しかない!」

が最もポイントになった言葉だったと思います。



親は、急な私の話に、「何言ってんだ」「急にころころ変えて」

みたいにその頃、いろいろ言われたりしたのですが、



しかし、そう決めてからは、ある種の、自分の気持ちは大きな解放感が得られ、

新しい出発を自分はするんだという、晴れやかな、希望を持った状況にはなりました。

そんな気持ちだったので、あまりに、浪人することになったにしては、

深刻になってない息子を見て、その詳しい事情を理解していない親は、

あきれて見ていた節がありました。




いずれにしても、成績は良くないという、

リスクをかかえながら
も、

やりたい方向に、挑むことにした、

得意な事、有利な事を捨てたその決断




そして、「人間や社会を見ていく、追求していきたい!」

と決断した事。



そう決断した手前、その後の、大学生活、あるいはそれ以降にも、

その自分の決意がいつも脳裏にあり、その部分においては、自分は、やはり、

やり遂げていかないといけないと、真剣に取り組むことになっていったのかとも思います。



だから、今に至るまで、様々にもがきながらも、ある種一貫して、

人間や社会の理想を追求してきた気がします。



そして、


人生一度しかない!

後悔しない人生にするんだ!


それが、根底にあるのだと思います。

心底からの大きな決断は人を大きく変えていく力があると思います。



【入学。/変える。/恐れ。】






posted by 大空巡夢(人間力探求家) at 00:36 | TrackBack(0) | 17〜完全自信喪失、そして
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