2006年10月02日

最初の"どん底(挫折)"期の続き。

「最初の"どん底(挫折)"期。」に記したように、
高校3年の始めに、突如、私を襲った

完全自信喪失
という最悪の状況のその原因は、

自分の

精神的未熟さゆえの劣等感でしたが、さらにその原因をたどると、

いくつかのコンプレックスであったり、親との葛藤だったりと、

いくつかの悪い要素が重なっていました。


では、高校を卒業し、

その後どうなったのでしょうか。


既に記したように、高3時代が、半ば真っ暗闇の状況になったのですが、

当然、学校を卒業しただけで解決するものではありませんでした。

その後のストーリーがあったわけですが、


では、どうなったのか。


結局、その年、私は、自分の受験した学校は3箇所とも落ちてしまったので、

浪人することになったわけです。

そして、東京に上京し、下宿して、ある予備校に通ったのでした。


自分に自信を失い、人に何を話して関わっていったらよいのかすらさえわからなくなっている私には、

新しい生活も、不安がたくさんありました。

席が近かった3、4人と初め、知り合いにはなったのですが、

結局は今ひとつなじめず、いい関係にはなれませんでした。



そのうち、予備校に行くことも気が進まなくなり、ほとんど行かなくなってしまいました。

4畳半の下宿で、何となくぼーっと過ごし、勉強も今一つはかどらないまま、

何となく、街をぶらついて、たまにパチンコで暇をつぶして、また帰って、

賄いの夕食を食べて、夜は銭湯に行って、また帰って、ラジオを聴いて、

何気に悶々として日々を過ごしていました。



ほとんど、誰とも口を利かずにいたので、

たまに声を出そうとしても、

声がかすれて出ないような状況があったぐらいでした。




目が疲れやすかったので、勉強するのも集中できませんでした。

もちろん、いろいろ悩むことが多く集中できなかったのも事実です。


やはり、しょっちゅう、昔の、小、中学校時代の、割と楽しくやっていた時期を思い出しては、

今、どうして自分はこんな状況になってしまったんだろう、と、

高3の時から思い悩んでいたのと同じように同じことにその頃も尚、悩み、悔やんでいました。

今からは考えられないくらいに、

マイナス思考であった当時の私でした。




こんなエピソードもあります。

東京にやはり、私と同じ田舎から、上京している昔の友人の連絡先をつきとめたので、

”会ってみたいな”と電話をしてみたのですが、何と、

「○○?・・・あー、何だ○○かあ。◇◇かと思ったよ。・・・」

しかし、「そうだなあ、久し振りにどっかで会おうぜ」とでも話が進むかと思っていたら、

「まあ、よくバンドの連中とは時々あってるけど・・・そうねえ・・・何かあったらな、何かあったら・・・」

と、「何かあったら」を強調するように言われ、別に会う気はないという言い方をされてしまったのです。

高1、高2と同じクラスで、同じ、洋楽の趣味があり、お互い曲やアーティストについて結構詳しくよく知っていたので、

時々そういう話をしたり、冗談言ったりもしてた関係があったのですが、

何とも冷たい反応をされてしまったのでした。

「あー、自分は、その程度の存在だったんだな」と改めて、自分の存在のなさを痛感させられ、

高1、高2時代は、ピエロのように、人を笑わせて、皆を楽しませてきた思いはあったのですが、

結局は表面的な付き合いでしかなかったし、ましてやスランプにもなり落ち込んで、

何の輝きもなくなってしまっている自分は、そんな存在でしかないと、

自信を失った自分に更に追い討ちをかけられたのでした。


確かに、その彼は、高校時代、ちょっと不良っぽい格好してて、格好もよく、いや、

格好つけてたということかもしれませんが、バンドもやっていて、

一見、クールにしていながらも、案外、影で派手にしており、

考えれば、(当時の)自分が、同じレベルで交友するのは、合わないよな、と考えてみたり、

”やつは、元々昔からただのかっこつけだったんだよ”と考えたりして、

私自身、自分を慰めたりもしました。

しかし、とは言っても、ある程度、クラスが同じであった時にはそれなりに

親しくしていたので、かなりショックでした。

すごく裏切られた思いにすらなりました。東京に来て、都会の人の冷たさも痛感していた中で、

それは、駄目押しのような、場面となりました。

(もちろん、そんな思いをその時は抱いたりもしましたが、それは、その彼に問題があったのではなく、私の足りなさであったと思っています。彼も当時、決して何か悪い意図や思いでそうしたわけではなかったと思っています。私が被害者意識を持ってしまったのでしょう。本当は彼自身の根はすごくいいやつだと今でも思ってます。)



また、浪人時代、もう一つ、大きく悩んでいたことに、”吐き気”がありました。

神経性だったからだと思いますが、いつからかというのもはっきりよくは、

わからないのですが、

食べては、すぐ吐き気がしてしまい、物を食べられないということでした。

また、そのことを意識しまいと思えば思うほど、余計に意識して、

すぐに「げえげえ」吐いてしまうのでした。

本当に、それは苦しいものでした。



また、パチンコをしては、負けて、空しさを覚えながら、食事代もなくなり、

下宿に戻り、カップヌードルをすするのでした。本当に寂しい浪人生活でした。


当然、勉強がはかどらなかったために、成績も今一つ伸びず、

その不安も大きく目の前に常にのしかかっていたのでした。



パッと思いつく所を書いているので、こんな所ですが、

孤独感、空しさ、将来への不安、性格の悩み、

身体的悩み、裏切られ・・・

今では、考えられないぐらい、

当時、そんな暗い日々を送っていたのでした。




このような話は、本当に、かっこ悪いだけの惨めな話なので、

このような場に書いていくのも、私には何の自慢にもならないのですが、

しかし、他の記事にも書いたように、

そんな惨めな状態になってしまった私が、

復活し、這い上がっていくことができたことが、

少しでも、自信を失っている人に

勇気や希望を与えることになれば


と思うので、

今、あえて恥を忍んで、書いていこうと思っているのであります。


とはいえ、ここまでも、まだ序章であります。


続き⇒最初の"どん底(挫折)"期〜V








posted by 大空巡夢(人間力探求家) at 01:19 | TrackBack(0) | 17〜完全自信喪失、そして
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