2008年09月11日

心の動きと、表出される言葉の関連性

何かの刺激を受けて、心が触発され、言葉が溢れ出るように表出される。

これが私がメッセージ記事を書く際の最も多いパターンだ。


さらにこれも大きく分けて二つのパターンがある。

最も多いのが、過去の体験から呼び起こされて生み出されていくもの。

そして、時々あるのが、同時進行で体験をなして生み出されるもの。

同時進行で生み出されるものは、自分自身の心の成長がまさしく同時になされているものであり、とても貴重なものである。

過去の体験に基づくものに関して言えば、それは改めて確認しているようなものであり、今現在の成長とは直接は関係ないからだ。現状を越えてはいないのだ。



私自身にとっては、同時進行で多く生み出しながら、究極の心の境地にまで早く到達できればと考えている。



また、刺激を受けて触発されるその刺激は、第三者を通してがやはり多い。

それは生のやり取り以外にも、何か映像を通しての一言である場合もあるし、本の中の言葉からである場合もある。

そして、衝動的に書くに至ったりする。



現在同時進行で生み出される場合というのは、やはり、何かの刺激を受けながら、しかし、そこで何かすんなりうまく進まなかったり、何か誤解や否定を受けるような状況に遭遇したり、そんな試練が訪れる際に、通常は「別に自分は間違ってない」「そんなことはない」と全く意に介さないで過ぎていくのだが、それでもこの時ばかりはなかなか逃げ切ることができないというような場面になったりした際に、もがきながらも、何かの切っ掛けで、気付かされ、それまでの自己正当化していた自分をやめ、自分自身を否定し、自分の間違いを認めて受け入れていく、あるいはそのことに対して非常に心から納得、実感していくという、そういう流れを経て、生み出されていくということに気付いた。

試練と感じたり、苦しんだりするのは、どれもこれも結局は自分自身の思いの"我"の部分であり、それに気付いて受け入れていくことによって、その苦しみからも解放されていくことになるのだ。



約2年前から書き始めたブログ記事、メッセージだが、

この同時進行のメッセージは、主に、昨年07年の秋に数作、今年08年の春に数作、そしてこの9月に数作生まれた。主なものを載せると、

07秋
夜明け
そのままの自分でいい
喜び
アンスリウム
感謝と喜びと
歩く生活

08春
何もかも忘れてしまいたい時
どんなに叫んでみても
愛という名の麻薬

08.9月
本物であれば
愛されたくて、人は
思い切り捨ててみよう
誘惑

これらの時期のいずれもが、その直前まで様々な状況から、非常に心が苦しみ、葛藤していたのも事実なのだ。

しかし、一つ越えていくと、新たな境地に達するので、それまでと見える世界がだいぶ変わってくる。


9月初めに悟れたものを完全にものにしたい。
今まで頭では理解していながらも、いま一つ不透明だったようなものがかなり鮮明に見えてきつつある。


そして、早く究極の境地にまで達したい。









posted by 大空巡夢(人間力探求家) at 17:26 | TrackBack(0) | 感じたこと

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