2008年08月24日

どん底からの脱出(6)自己表現、高評価、暗転、最悪、脱出

ネット上の自分のブログ記事を集めた自作の冊子が、既に出版歴ある方らから大絶賛され共著の依頼さえ受ける

が、しかし、

一転、誤解から中傷され、一部犯罪者のごとくにさえ書かれる。腰も痛め、心も体もボロボロになる。

その後、

自分自身への大きな気付きが得られ、とてつもなく勘が冴えたり、良い出会いが増えたりする。



06年8月下旬から、書き始めたこのブログ。最初は、人生訓のような内容で自分が伝えたいことを少しずつ書き綴っていったのでした。

1年前に始めたブログが続かなかったので、自分の興味のあることを書いていこうと思い、毎日少しずつでも書き続けようと書いていき、ある数になったところで、SNSにもリンクさせていきました。

SNS自体初めての参加だったので、要領も得ないままではありましたが、少しずつ様々な方と交流があって、面白い世界だなと感じました。

そして、リンクしたブログ記事まで見て下さる方もいて下さって、嬉しい感想などもいただけたりしたわけです。

そんな流れの中、私のブログ記事を集めた冊子を見て下さった方が、非常に絶賛して下さり、ある記事を次の著作で感動した記事として紹介したい、さらに、別な著作を共著したいがどうかとの依頼さえ受けたのでした。

しかしながら、その話は、立ち消えになりました。

その方の最も支持していた考えがあったようなのですが、ある所まで私はそのことを全く知りませんでした。

いや、むしろその考えは行き詰っていて、それに代わるものを今追及しているかのような言いぶりであったのでした。つまり否定的な考えを示していたのでした。

だから、私は、臆せず、以前目にしていた、その問題点と、それに代わる考えの一案を参考にと、話の流れの中で、示したのでした。

当然、その方が実は最も支持していた方の問題点をかなり鋭く厳しく指摘してもいるので、それを見てその方は決して心地よかったはずはないでしょう。

しかし、私には全く悪気はなかったのです。むしろ、同調してもらえるとさえ思って提示したのでした。

ところが、そんな話でしたから、その後その方からは、メッセージも来なくなるばかりか、間接的に、私を暗に中傷するようなことをSNS上に掲載するとともに、共通のSNS上の知り合いにも、知らない所で、中傷するメールを送っていたようなのでした。それは後で、ある方からその事実を聞かされました。

まるで私が何か罪を犯した犯罪者とでも言わんばかりの表現をされたのでした。

何しろネットの上では、不特定多数の方が目にしているために、誰がそれを目にし、どう思われてしまっているかもわからず、見えないものに苦しめられる恐ろしい経験を味わされました。

その頃、お隣の韓国ではそのようなネット上での中傷記事によって二人のタレントが自殺する事件まで起きていたことを知りました。

しかしながら、その事も決して他人事にも思えず、そこまで追い詰められるほど、ネットというのは、言葉がいつまでも残るし、誰が見ているかもわからないし、対処しようがなく、本当にリアルの世界であれば、目の前の人に、説明すればいいのですが、そういうことができないので、本当にその恐ろしさをまざまざと実感させられたわけなのです。

それでその後、半年近く、ネットから遠ざかりました。

しかし、ある時、私自身が、その方の誘いに乗ったことに対する自分自身の動機の中に、微妙に純粋でない思い、それは即ち、自分の名誉欲を満たそうとする思いがあった事実、そしてそれは自分の親との関係も反映していたということなども改めて気付かされたのでした。

そういう時に限って、自分の周囲で、本を出版するような知人が数人現れたりして、そういうのに対しての、変な功名心みたいなものが生じてしまったそんな魔が愚かにも差してしまった部分があったかもしれなかったと反省もさせられたのでした。

もちろん、その内容を通して、そういう媒体を使っての表現を通して、よいことをより多くに伝えて、少しでも人や社会に貢献できるならば、という思いでもあるのですが、そういう純粋さだけでないものが微妙に生じたことが、悪い結果につながっていったように思われ、自身の行動やその動機を反省させられたのでした。

しかし、それらのことを通じて、親から受けていたそういった自分の課題に改めて気付かされ、また受け入れたくない、認めたくない、そんな自分自身の非を認めていった時に、ぼろぼろと涙がこぼれ落ち、号泣する自分があったのでした。

しかし、それからは次第にいいことがどんどん起こるようになってきて自分が新しい段階に入った感覚となり、自分でも驚かされるのでした。



教訓

・人はどんなに美辞麗句を語っていても、いざとなると、それをその如くに行動できるかはわからない。すなわち、知っていても、わかっていても、身に付いているかどうかは全く別な話である。

・自分に自信がある人は、反面、頑固でもあり、違う意見をなかなか受け入れない、聞き入れない場合が多い。

・世の中の大きな問題として、理想を目指す人(あるいは組織、団体含め)同士が対立してしまうことがある。これを克服することがとても重要である。

・インターネットは非常に便利な道具であるが、やはり人間の心を反映するので、人が変わらなければ、ネット上の社会でも問題は残り続ける。

・自分の認めたくない課題に気づき、受け入れる時、人は大きく変われる。

・心の成長があった時、当然、身の周りに起こる結果も、それを反映し、いいことが起こりだす。








posted by 大空巡夢(人間力探求家) at 18:09 | TrackBack(0) | 37〜背水の陣での独立以降

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