2008年07月17日

昔、曲を創ってて行き詰った時

もうここ十年以上していないのですが、昔、時々曲を創っていた時がありました。

その頃、創るのに行き詰ってしまったことがあったんです。

苦しくて苦しくてしょうがない時があったんです。好きで面白くて始めたのに何でこんなに苦しいんだ〜と。

で、その時に気付いたのは、今思えば、たいしたことではないのですが、

結局、最初から、すごくいいものを創ろう、と必要以上に力が入り過ぎてしまっていたということなのでした。

それで、まず、少し気楽に構えて、できるところから下書き程度のつもりで創って、また少しずつ直していって、よくしていけばいいんじゃないか、と考えなおして、取り組み始めてみたら、非常に気持ちも楽になった覚えがあります。



これは、実は、他のいろいろなことにも当てはまって、

ついつい最初からいい所みせようとか、いい結果を出さないととか、完璧主義とかに陥ってしまって結局一歩も踏み出せないとか意外と私たちもそんなことが割とよくあったりするんですよね。

だから、まず、少しでもやってみる、とりかかってみる。そして、それから直していく。良くしていく。

そうしないと、

いい結果を最初に考え過ぎてしまい、結局、前に進められずに立ち止まって苦しんでしまう。

そんなことを一つの教訓として味わされた気がしています。



あとは、あんまり、いい曲を創ろう、とか頭で考えて創るんじゃなくて、とにかく、気持ちよい状態で、気分良く、想いと気持ちを自然にぶつけて歌ってると、それで、自然な感じで何となくいい感じにできることがあった記憶があります。



やっぱり、気持ちがはじめにありき、かなって思います。

何かを生み出すっていうのは、そんな感じで、気持ちの状態が反映するような気がしています。




最近は、曲ではなく、詩"もどき"を時折書くのですが、これなんかは、気持ちが高まって、その勢いで書くのがほとんどで、頭で考えて書こうと思っても、なかなかできないものであったりするのです。

気持ちの起伏が現れるのです。



いずれにしても、どんなことからも教訓が得られるものです。











posted by 大空巡夢(人間力探求家) at 16:26 | TrackBack(0) | "時"

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