2008年07月07日

なぜかこれまでの自分を真っ向否定する環境へ

サラリーマンにはなりたくない、と、学生時代にもあの尾崎豊の歌を口ずさみながらずっと思っていたのに、10年たって、気が付いたら、サラリーマンになっていた。

20代後半の時に、自分が選択した再就職は、
なぜか、そのように、これまでの自分からは考えもしない方向になったのであった。

すべてにおいて、これまでの自分を打ち消すかのような形になった。

あれこれ考えているうちに、何をするかよりも、どういう心構えで取り組むかが重要だ、という悟りを得たことも影響しているとは思う。

そして、その時に目の前に飛び込んだ話に、一瞬、うーん、と思ったが、これも何かの縁何だろうと、関わることに決めてしまったのだ。

以前の自分だったら絶対に選ばないものだ。

まず、業種だが、私はどちらかと言えば、現代的なクリエイティブな仕事をずっと考えてきていた。

それは、たどれば、やはりこれも、父親の姿を見て、あまりにも夢とか喜びとかを感じられなかったので、逆にもっとやりがいを感じられる、創造性を発揮できる仕事をしたいと描いてきていたからだ。

そして、父の仕事は建築資材としてある種類の石を扱う仕事なのだが、それゆえ、そういう仕事は、自分の心の中では、絶対にしない、したくない、と思ってきていた。

父自体も私に対して、こんな大変な仕事は継がせる気もない、と言っていたのだから、そんな言い方をする中で、誰が、やろうと思うだろうか。

そして、父の姿を見て、失礼かもしれないが、憧れる要素が何も感じられなかったからだ。

それが、目の前に飛び込んできた仕事は、なぜか同じような、"石"を扱う仕事だったのだ。

石の種類は違っていたが、似たような業界だった。何をするかよりも、心構えが大事と考えていた自分にとって、逆に、その時は、それゆえに、魔がさして(?)、意味があると思って選択してしまったのかもしれない。当時、大手電機メーカーも話があったのだが、なぜかそちらを選ばなかった。

以前は、自分の好きなことをやるんだ、と言ってずっと生きてきたのに、そんな流れで、別に好きでもないことを選択してしまった。

それ自体が、とても自己否定でもあった。

しかしながら、結果的に言うと、逆に自分にとっては、これはもちろん後から言えることなのだが、とてつもなくありがたい環境を与えられたのであった。

恵まれた環境、というのではなく、ありがたかった環境、その、"逆境"としか言えないような環境が、あとあと、ありがたかった環境だったと言えるようになったのであった。

学生時代に、自分が全く関心のなかった旅行の添乗員をなぜかすることになったのだが、それゆえに自分に新たな大きな気づきや実感や、価値観を植え付けてくれることとなったのだが、それに近い。

全くしたいとも思っていなかったことから、得られることも多々ある、ということだ。

だから何が幸いするかわからないのだ。まさに人間万事塞翁が馬である。

そこでの9年間は、ある時期から、毎日、"これでいいのか"と思い続けて過ごしてきた。

そして95年に転勤し異動した場での3年間はとりわけ、毎日"地獄"だと思いながら通っていた。

その後、97年のトップや幹部層への改革提言、再びの本社勤務、二つのプロジェクト、そして、自分の中で一つの勝利感、達成感を得て、独立へ、と進むこととなったのであった。








posted by 大空巡夢(人間力探求家) at 05:38 | TrackBack(0) | 28〜超自己否定の逆境へ
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