2007年08月19日

心の根底の動機を見つめ直す

自分を動機として、善い事をする。

自分を動機として、人に尽くす。

自分を動機として、人を楽しませる。

自分を動機として、物をあげる。



自分が愛されたいがために、人を愛する。

自分が認められたいがために、人に尽くす。

自分に人の気を引き付けたいがために、人に物を与える。

自分に見返りを求めて、人に何かを施す。



すべて、その根底の動機が自分にある場合がある。


自分が名誉を得るため。自分の名誉を守るため。

自分が地位を得るため。自分の地位を守るため。

自分が財を得るため。自分の財を守るため。

自分が気に入った人を自分に近づけたいがため。自分の気に入った人を自分から手放さないがため。



だから、好かれたいと思う心、

気に入られたいと思う心、

認められたいと思う心、

嫌われたくないと思う心、




ほとんど、これまでは、一般的には、悪いことだと言われてこなかった。


しかし、この思いが心の根底にあるがゆえに、

また、この心の問題点がわからなかったがゆえに、




どんな立派な企業も

どんな立派な政治団体も

どんな立派な宗教団体も、

どんな立派な平和団体も、



創設当初の動機は立派であったのに、

次第に腐敗していくことになったのである。



上の位置の人は、下の者を、

自分につなげようとする。

多くの人に好かれ、評価を得ようとする。支持を得ようとする。

結局は、その人の王国をつくってしまう。その人が神のような存在にさえなってしまう。


下の位置の人は、上の者に、

媚びへつらうようになる。

自分の位置を守るために、評価を得るために、機嫌を取るようになる。気を使うようになる。

その人が間違った言動を取っても、何も言えなくなってしまう。



上の位置の人は、下の者を、自分の更に上につなげる役目を果たさなければならないのだ。

一番上の人は、さらにその上、それは、すなわち、”天”とか”神”とかいった、人間を越えた崇高な存在にである。

自分が神になってはならないのである。


下の位置の人は、上の者の言動に間違いを感じたなら、

納得するまで、尋ねていかねばならないのである。

間違ったことに、従ってはならないのである。

しかし、批判や反発の思いを抱いてはいけない。

そのような感情は抜いて、尋ねていくのである。進言していくのである。



相手が自分の思うように動いてくれなかった時に、

自分がどういう思いを抱くかで、

どのような動機で、その人に、施していたのかがわかってしまう。



相手に腹を立てるのか、

それとも、

自分の不足を反省するのか、



ここまでしたのに、・・・と、腹を立てるのか、

まだまだ、足りなかった、・・・と、反省するのか、



一見、同じように、人に施すのに、

実は天と地ほどの、大きな違いがあるのだ。



心の根底の動機が、

自分なのか、

天なのか、




この違いがあるがために、

本来、”善”を行う、”善”なる存在のはずの、

平和団体や、宗教団体からすら、

問題が生じてしまうのである。

現に争いが行われてきた。



本来そうあるべきではないのだが、

そこまでわからなかった。

そこまで気付かなかった。

そこまで悟れなかった。



これが、改善されていけば、

この心の根底の動機自体が、正しいものに変わっていったならば、

それらが、そこから、少しずつでも、広がっていったならば、



今度こそ、真の平和な世界の実現がようやく、現実のものとなっていくだろう。

ようやく、そんな時代の到来が可能となる気付き、悟りが、人間に与えられつつある。



人はまさに、真に正しき心のあり方を、気付き、悟り、そして、それをものにし得た者から、一次元高い段階に突入しようとしている。

絶望の時代に見えるこの時代が、それらの者には、実は大きな希望の時代になりつつあるのである。









posted by 大空巡夢(人間力探求家) at 09:04 | TrackBack(0) | 人間の可能性
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